元・犬夜叉備忘録
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臨時のひと言(にしては長くなった…)
原作で桔梗が臨終を迎えるにあたり、大幅に出番が増え、犬夜叉との絡みも増えました。
お話作りとして常套手段かと思いますが、そのことで気分を害しておられる方がいるとか…。
それに対して、またまた気分を害しておられる方もいるようで。
そのことについて、自分なりの考えを書いてみました。

結論ですが。
ずるいようですが、どちらにも賛同致しかねますということで。
どちらからも叩かれそうな予感がしていますが、それはいいとして。
どちらの方が読んでもムカツク恐れがあるかと思われますので、
無関係な方で、興味のある方のみ遠慮なくご覧下さいませ。

別に、期間限定公開というつもりでもありませんので、
興奮状態にあるかたは、気持ちが落ち着いてからご覧になったほうがいいと思います。


じゃ、むかついても知~らないってことで(無責任)。




 

  
  
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 













少年サンデーの『犬夜叉』ファンサイトが何やら妙なことになっているらしい。
犬かご派とそれ以外の人たちがいがみ合っているような感じです。
ちなみに、殺りん派という言葉はないらしく、ここは素直に殺りんファンというらしい。
派、というからには派閥であるらしいのですね。なんか、らしいの連発で、知らないなら書くなと突っ込まれそうな気がしますが。殺生丸とりんには、他に身近な異性がいないから(今は琥珀がいるけど、相手にもされてないっぽいな)、派閥など作る必要がなかったのでしょう。殺生丸は別に、神楽とりんの二股だったわけじゃないし。
で、犬かご派は桔梗を目の敵にしているようです。よくわかんないけど、犬夜叉が桔梗を過去の人と割り切って、今はかごめに夢中であるべきだと考える派閥のようですが、犬桔派というのは、別にかごめを目の敵にしているとは思えない…というか、かごめが嫌いなら『犬夜叉』自体気分悪くて読めないということになるでしょう。この人たちも単に犬桔ファンと呼んだほうがいいのかも。
いがみ合うというより正確には、原作の桔梗が臨終を迎えるにあたり、犬夜叉が衝撃を受けたり、桔梗を抱いて見送ったりしたことに対して、犬かご派が嘆き悲しんで、「それはないだろう、犬夜叉に何やらせるんだ、原作者のバカ! 犬夜叉にはもうがっかりだよ。殺してやりたいね」なんてことをサイトの日記に書き綴り、私は傷ついてますモード全開になって、それを読んだ別の考えのファンが、これまた傷ついているらしい。
「原作がすごくステキで楽しんでいるのに、原作バッシングなんてやめてほしい。見たら傷つくではないか」ということなんだけど。
ごめんなさい。両方笑えました。
両方笑えた、などと書くと両方から叩かれるかもしれないな。友達一人もいなくなってしまうかもしれない。でも、本当に笑っちゃったのだから仕方がありません。
まず、激犬かご派といわれる人たちの言い分ですが、彼女らの嘆きや悲しみは滑稽で、苦笑を誘うものでしかありません。大好きな犬夜叉に死人である桔梗よりは生きたかごめを選んでほしい。笑って、生き続けて欲しい。それはよくわかります。しかし、そこから「桔梗の見ている前でかごめを選んで欲しかった」だの「桔梗が見ていたからといって、気絶したかごめを抱き起こさないなんてひどい」だの。小学校低学年の子供が書いた感想ならわかりますが、いい大人の書くことではないですね。恥ずかしくないのでしょうか。胸キュンときめき恋愛を疑似体験したいなら他の作品を探せば、という気持ちです。原作を読んでそういう気持ちになるというのならわかりますが、そういう気持ちを楽しみたいので原作がこうなってくれないと困るというのは、本末転倒でしょう。
こんなことを書く人は、きっとお話の筋など作れないと思います。などというとエラソーかもしれませんが、実際に二次創作とやらを作っている人もおられるのでしょうが、きっと読むだけ時間の無駄な作品だと予想します。
「少年と少女が知り合い、共に行動するうちにいつしか互いに意識し、好意を抱き始めるようになった。そのとき死んだと思われていた少年の初恋の人が二人の前に現れ、少年の心は揺れる。しかし、少年はすでに少女を好きになっていたので、初恋の人がその場にいても目もくれず、少女といちゃついた。初恋の人が危篤でも、少年は少女の手を握ったまま見守っていた」
これではお話にならない、ということがわからないのかしら。起承転結も主人公の心理変化もありゃしない(笑)。
商業的な作品でこういうストーリーのものはまずないでしょう(幼児向けならあるかな?)。もっとも、この場合初恋の人を主人公にすればあり得るかもしれません。思いがけず拉致でもされて、無事に戻ってきたら恋人は自分と似た少女に心変わりしていて、何とかよりを戻そうと努力すべきか、今は少年の穏やかな幸せを尊重するべきか、心に葛藤を抱き、やがて何かの原因で命を落とそうとするときも、少年はついに振り向いてくれることはなかった…。と、桔梗の側からすればそれはそれでドラマチックかもしれない。けど、犬夜叉やかごめ視点の場合、上記のストーリーは成立しません。もしそういう展開になったら作者が出版社からバッシングされて仕事干されること請け合いです(笑)。
彼らはワガママな幼児。自分の期待を裏切った作中キャラに憎悪を抱くこともあるだろうし、がっかりすることもあるだろう。だって、純粋に作品を楽しむことのできない人たちなんだから、仕方がないじゃない。作品に不満があるなら、上記のような救いがたいストーリーでも、キャラ名をすげ替えただけのありふれたつまらんエロ小説でも勝手に作って楽しめばいいのです。
で、他の人々が、激犬かご派のどうしようもない文章を読んで傷つく、というのにも笑ってしまいます。激犬かご派、長いので激様とでもしましょうか、激様が「原作の展開にがっかり、犬夜叉嫌い、原作者のバカ、とーっても傷ついてます」とか「傷ついているのだから、文句言わないで暖かく見守ってね」とか「自分のサイトに何を書こうと自由でしょ」とか書いているのに、それは違うだろう、ということらしいんですが。
激様がこっそり隠し日記に書いた嘆きまで取り上げて、「隠してあっても結局見ちゃうんだから、自重してほしい。誰が見るかわからないのに、何を書いてもいいとか思わないで」とかおっしゃってますが、これはこれで滑稽です。
私は、激様が『犬夜叉』の原作に対するバッシングを自重する必要などないと思います。
自重しなければならないのは、たとえば死体の写真(破損、腐乱したものとかは特に)、グロテスクなエロ写真やエロ画像、麻薬の密売ページとか人種差別的なページとか、他にもあると思うけどそういうものだと思う。漫画の原作バッシングをそんなのと同列には考えられません。原作の展開に文句があるなら、自分の日記に書くくらいいいと思う。何も隠す必要もないと思います。他人を巻き込んで「原作にはがっかりだよね。あれ、間違ってるよね」などと同意を求めるのは確かに迷惑なことでしょうが、同意求められても適当にあしらうなり、「私はあれでいいと思うけどー?」と自分の意見を述べるなりすればいいじゃない。
広いネット界で、対立する意見が存在するなんて、当たり前のこと。共存していかなきゃいけないのに、「あなた達の意見は傷つくから見たくないのよ」なんて言ってはいけないと思う。見たくないなら見なきゃいいんだから。「つい見ちゃうんだもの」なんて、言い訳にもなりません。
問題は、激様が『犬夜叉』サイトの中心的存在で、その言動に惑わされる多くの訪問者がいるということでしょうか。でも、人ってそういう激しく意見を主張する人や団体に巻き込まれてしまう愚かな部分があると思うし、だからオウム真理教みたいな事件も起こるのでしょう。それに、それは惑わされるほうが自分の意見を持っていないだけのことで、何年かたって、もし『犬夜叉』を読み直し、激様の意見に賛同して原作バッシングなどして盛り上がったことを思い出せば、我ながらバカだったなあと苦々しく思い出したりするのではないでしょうか。こうして、他人に巻き込まれていった自分を振り返り、怪しい宗教や詐欺なんかに引っ掛からないように成長していけるのかもしれません。
今の激様は、同じ意見を言い合って「だよね、だよね、そうだよねー」と盛り上がるのを楽しんでいるだけなのではないでしょうか。「でしょ、でしょ、ひどいよねー」と慰め合って盛り上がる、一種のコミュニケーションを楽しんでおられるだけだと思います。同じ意見を言い合うことで安心したり、仲間意識を強め合ったり、それはそれでいいと思います。
ただ困るのは、自分たちと違う意見を発表する人に「あなたの意見は間違っている。訂正して欲しい」だの、「我々の意見が大多数なのだから、同調して欲しい」だの、「あなたの書いたことは我々を傷つける。自重して欲しい」だのと攻撃をしかけることでしょうね。自分の日記で「自重して欲しいよな」とか「あの人の意見、間違ってると思う」とか、「私はこう思うのに、なぜあの人はこう思わないのかしら」などと書くことは、まったく自由だと思います。それを見た人が何を思うのかもまた自由だと思います。自分と違う意見を見聞きできるのがネットの醍醐味だと思うし。自分と違う意見を見たくないならネット徘徊をやめてはどうですかってことかな。
ま、悲しいのはお互いに自分たちが正しくて、相手が間違っていて、だから相手を理解なんかできなくて、対立してしまうことでしょうね。その対立がどんどん大きくなっていくと、争いが生まれてしまう。人の意見を聞く耳持たないっていうのは、やっぱり悲しいことだと思います。…笑っている場合じゃなかったか。
で、両方に笑ってしまった私ですが、あえて正誤をつけるなら、やはり原作バッシングのほうがおかしいと思う。原作だから正しいのだということではなく、原作と、激様が期待なさる展開とを比べて、原作のほうが魅力的だと思うから。『犬夜叉』に限らず、漫画に限らず、小説でも、期待通りにストーリーが展開しなくて、これはないんじゃないのと不満に思うことはあるはず。自分ならこうするのにと思うなら、その気持ちを大切に何か創作してみればいいではありませんか。二次でも三次でも好きなように。そして、原作とどちらが優れているか、人に見てもらえばいいではありませんか。別に見てもらわなくてもいいけど。ただ言えることは、何も嫌なことが起こらず、順風満帆のストーリーは、面白くないと思いますよ、きっと。
私は原作を楽しんでおり、原作者さんに感謝していますので、原作者にあてた不満や抗議を出版社に送るなどの行動には内心穏やかならぬものを感じますが、それはそれで社会の仕組みというものでしょう。多分、出版社の人には抗議が正当なものであるかどうかというのはわかるだろうし、抗議も賞賛もこないよりは何か来た方が、作品が認められているということになるだろうと考えますので、それもいいとしましょう。きっと抗議以上に賞賛が届いているものと信じます。面倒なので私は出さないけど(出せよ)。

最後にひと言。
みなさん、自分がどう感じるかを大切にして下さい。「あの人がああ言うから、きっとそうなんだろう」とか「同じ意見を言わないと仲間はずれにされてしまうから」とかじゃなくて、自分の思ったことを信じて下さい。気の強い人には、付き合いのこともあるし、とりあえず賛同しなければならないこともあると思います。でも、一度、一人で作品を読んでみて下さい。初めて読む気持ちで、誰かの意見など思い出さず、誰かの書いたもののことは忘れて、作品だけを読んでみて下さい。きっと楽しめるはずです。それでもやっぱり「こんな展開は嫌だー」と思った方。それは、他の誰でもなく貴方の意見です。他に同じ意見の人が何人いたとしても、とりあえず貴方の意見であって、みんなの意見ということではない。たまたま同じ意見の人もいたというだけのことで、違う意見を持つ人がいても全然不思議ではないのです。そして、いろいろな意見があることを知り、それに対していろいろなことを思ったり、書いたりする。それでいいではありませんか。違う意見の人と話してみるのも楽しいかもしれませんよ。団体攻撃ではなくて、一個人対一個人で。

この文章を読んで傷ついたかたがいらっしゃいましたら、一応お詫び申し上げます。でもそれは意図せず傷つけてしまったことに対するお詫びであって、間違ったことを書いたという意味ではありません。
また、「それは違うでしょう!」とお感じになる方もいらっしゃるかと思います。それは当たり前のこと。苦情でも頂ければ時間の許す限り議論のお相手を致します。あんまりヒマを持て余しているわけでもないので、多数の苦情が殺到したらお相手できないかもしれませんが。
ただ、「何言ってんだバカヤロー」のひと言ですと、お相手のしようもありませんし、店先で幼児が駄々こねて泣いている、と微笑ましく拝見するだけになるでしょう。

本音を言うと、あまり巻き込まれたくないなあ。どっちにも。
でも、違う意見の人と議論を戦わせるのもネットの醍醐味だみたいなことを書いておいて、「苦情は一切受け付けません」というのも卑怯な気がしますので、「黙ってられないわ!」というかたがいらっしゃいましたらご遠慮なくお便り下さいませ。
まあ、そんなわけで私はこのままマイペースで感想を書くつもりです。ストーリーを忘れたときに確認するために(笑)。連載終了まで残り少ない雰囲気ですが、できるだけ自分の言葉で書き続けていけたらいいな、と思います。
他に書くものはないのか、と悲しい自己突っ込みしつつ…。


<補足(まだあるのか)>
この文章を公開する前に、もう「賛同できない」という意見を頂きました。死体エログロ犯罪以外にも、やっぱり人をいやな気持ちにさせるだけの文章はサイトに載せちゃダメだろうっての。
それもわかるのですが。それがわかっている人はそんなこと書かないと思うけど、それがわからない人は書いてしまうこともあると思う。わからない人に、「そういうのは書いてはダメ」と言うのも、何か違う気がします。こんなこと書くとまずいかなってのがわかる人は問題ないのだけど、まずいかもしれないけど書いちゃえって人もいますよね。そういう人には誰かが、「そんなことを書いてはいけないと思います。なぜならこれこれの理由で、見た人が嫌な気持ちになるから」と言ってあげたらいい。たくさんの人から同じようなこと言われたら、だんだんわかってくるものだと思うし、「関係ない。私はやりたいようにやる」という人もいれば、それはそれで仕方がないこと。その人のサイトには同じように壊れた人しか集まらなくなっていくでしょう。やがて、そこから犯罪の芽が伸びてきたりしたら、警察の手も入るかもしれません。自殺サイトみたいに世間に晒されて、いろいろ調べられるかもしれないと思っています。
今はかなり野放し状態なので、今後のネットがどういう風になっていくのかはわかりませんが、すでにファイル共有ソフトを使えなくしたプロバイダもあります。いずれは、公表するにふさわしくないサイトを密告する制度が充実して(今もあるのかもしれないけどよく知らない←無責任?)他人を不快にするサイトは強制削除されたりするようになるのかもしれません。その線引きはきっと難しいものだろうと思うけど、やはり、たかが歪んだ漫画の解釈をして妙な展開を望んだり、キャラを呪ったりする程度のことでサイトが規制されるとしたら、そんな世の中は恐ろしいと思います。たとえそのサイトが漫画のファンサイトを名乗り、多くの訪問客に歪んだ考えを押しつけているように見えても、そのことに傷つくんだからやめて欲しいと思うのはもちろん自由なのですが、人を傷つけているなどとは夢にも思わず歪んだ考えを率直に書くこともまた自由なのではないか、と。議論が生まれるきっかけになるのも悪いことではない、と思うのです。でも、ここに取り上げた激様の「犬夜叉が桔梗に優しかったから幻滅した。裏切りものは呪ってやるのだ」という意見と向き合って、果たして議論になるかどうか、まったく自信がありません…。

追伸:(もういいって)
思うんですけど、子供だって見るものなのだから、配慮しなきゃならないっておっしゃる人がいて、それは確かにその通りだと思うんですけど、私はむしろ、小学生が自由にネット徘徊できることのほうが問題だと思います。たとえば●歳未満の子供(何歳未満がいいのかしら)は保護者の監視なしにネット徘徊してはならないという法律でも作ったらどうなのかしら。家庭にパソコンがあって定額常時接続なのが当たり前っていうふうになったの、ごく最近のことだから、法律なんて臨機応変に変わるものじゃないのだろうし、そんな法律は二十歳未満飲酒喫煙禁止同様ザルみたいなもので、そんなに守られないものかもしれない。けど、何でも見ることができるインターネットを小学生が自由にやることには問題あるんじゃないかと思うな。幼児が一人で見るかもしれないから子供の教育に悪いものは個人の日記にだって書いちゃ駄目なんて、窮屈すぎます。ある程度、見た情報の真偽を考えたり、自分の意見を持てる年頃になるまで、こんな情報の溢れまくった世界を徘徊するのは有害だと思います。
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【2006/08/13 09:33】 | # [ 編集]

コメントありがとうございます。
Bさん、お便りありがとうございます。
そうですね。人が傷ついて泣いたり苦しんだりしているのを見て笑ってはいけないのかもしれません。どんな些細なことに思えても、その人はきっと一生懸命なのですね。
でも、こんなことはいつかご本人にとっても笑い話になってくれればいいのに、とは本当に思います。
何かに怒ったり、悔しい思いをしていても、見方を少し変えたなら、意外と笑えることも多いのではないかしら…。嘆いて、途方に暮れて、何とか解決法を見つけるのもいいけれど、もしかしたら、なんだそんなことだったのか、と笑ってすませられることなのかもしれない。それはそのままでいいんだ、と思えることもあるかもしれません。これは犬の話ではありませんが。
この文をご覧になって、「私が嘆いているのを日記で読んで、くすくす笑っていたのかこの人は!」とさらに嘆きや怒りを深めておられる方もいらっしゃると思います。そんなかたは遠慮なく「お前なんか嫌いだバカヤロー」コメントを落として下さいね。それで少しでも気が晴れるなら。
本当に、違う意見の人とコミュニケーションがとれないというのは、笑い事なんかでは全然なくてとても悲しいことだと思います。私だって耳の痛い意見を言ってくる人(親も含めて)はついつい避けがちになってしまうのですが、たまには頭に来る人と会話してみるのもいいのではないかしら。精神衛生上とっっっても悪そうですけど、人生修行や社会勉強にはなるかもしれないな、と思います。
【2006/08/13 11:43】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]

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【2006/08/15 21:49】 | # [ 編集]


Mさん、始めまして。コメントありがとうございます。
広いネットの世界では、自分と考え方の違う人はたくさんいます。
おっしゃる通り、他人の日記を読んで考え方が違う場合はそっと立ち去るのがいいのかもしれませんね。でも、できることなら「これはダメ。お話にならない」ではなくて、「私の考えとは違うけど、こういう見方もあるんだな」と思えたら素晴らしいと思います。
自分の日記で、他人の日記を取り上げて、「ある人はこんな風に思っていると書いていたが、私はそれとは違ってこういう風に思う」と書くのは、私はかまわないと思うのです。それを読んだ人もいろいろと考えるきっかけになると思います。ただ、いくら自分の日記だから自由に書いていいとはいっても、他人の日記を取り上げて、こんなのは間違っている、こんなことを書かれると頭に来る、こんなことを書くなんて人を傷つけることだ、と否定するだけというのは、それこそ目にした人が傷ついてしまうと思うので、何を書くのも個人の自由ではあるけれど、人を傷つける可能性があることを自覚して欲しいし、第一みっともないからやっぱりやめた方がいいと思います。
他人の意見に反論するのと、他人の意見をただ否定するだけというのは違います。日記ですから、ときには感情的になったり悔しい気持ちを愚痴ってみたりすることもあると思います。ですが他人の意見を取り上げて、それについて何か書くときには、冷静に反論するのならかまわないのではないかと思います。ただ否定、批判するだけというのはとっても簡単なことですが、見た人が嫌な気持ちになることを理解して欲しいと思います。
【2006/08/16 04:03】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]

お礼
長くとりとめのない文章をお読み頂き、それについてコメントをお書き下さり、本当にありがとうございます。
なお、頂いたコメントは未承認のままとさせて頂きます。公開してかまわない場合、また自分でも読みたいので公開してくれという場合は、同じお名前でコメント下さいませ。

なんだか、お叱りコメントに反論しているように見えるかもしれませんが、そうではありませんので念のため。賛同下さるかた、お叱り下さるかた、よろしければまだまだコメント頂ければ管理人は大変喜びます。読んで下さるかたがいるのだなあ…と。
【2006/08/16 04:13】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]

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【2006/08/16 09:50】 | # [ 編集]


Bさん、ありがとうございます。
弱者の弱い小さな声に耳を傾けることが大切とのこと、目の覚める思いです。どんなに間違っていると思っても軽々しく批判してはいけませんでした。多数派の意見の人は小さな声に気づかないふりをしていれば自分の意見が通ることも多いでしょうし、弱者のもがきは見て見ぬふりをすることも多いのかもしれません。けれど、多数派の意見の人は何かを見失っていることもあると思います。誰かがこう言っているから、こんな話を聞いたから同調していたりして、案外少数派の意見のほうが、多数派の気づかないところに気づき、自分の言葉で発言されているのかもしれません。もちろん、多数の人が同調する意見にはそれなりの意味がある場合も多く、少数派の意見は個人的な勘違いのこともあるでしょう。けれど、明らかに世に認められない思いなら、せめてその人の中でくらい真実であってもいいのかもしれません。そして、力のない一人の人の言葉にこそ真実があることもあるのだから、自分と違うどんな意見であれとりあえず耳を傾けることはとても大切なことだと思います。その意見が誰の意見なのか、どのくらいの人数の意見なのか、そんなことは関係無しに、その意見そのものだけを自分自身の心で考えていけたらいいなと思います。
【2006/08/16 18:15】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]

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【2006/08/25 04:21】 | # [ 編集]


Hさん、はじめまして。コメントありがとうございました。
そうですね。見知らぬ人がわけのわからないことをネットで発信していても、気にせずにいることができるかもしれませんが、知っている人の言葉に傷つけられてしまうことも、おっしゃる通り確かにあると思います。たとえ普段仲がよくても、相手がどんなことに傷つくのか、なかなか理解できていないこともあるのかもしれませんね。所詮、別の人間なのですもの…。などと考えるのはあまりに寂しい考え方でしょうか。
けれど、相手を傷つけてしまうことを恐れて言いたいことが言えずにいて、相手を理解できるでしょうか。傷つけ合いながら成長していくなんて、きれい事なんだろうとも思います。知っている人を傷つけてしまったら、それまでの関係も壊れてしまうかもしれません。けれど、誰も傷つけることのない文章を書くのは至難の業だと、私は思います。たとえば「今日はとてもいいお天気で空気がおいしかった」みたいな文章でさえ、何らかの原因で外気に触れることのできない人、空を見ることのできない人は傷ついてしまうかもしれないのです。…これはちょっと屁理屈だったかな。
理想的には、誰かの言葉に傷つけられたら、「そんなことを書いてあるのを見たらいやな気分になる人もいる」と教えてあげたら、そこから話し合いが発展していって、お互いに「ああ、そんな考え方もあるのか」と気がついたり、謝ったり、別の考え方に変わっていったりするといいな、という気がします。
私の書いた文章は、きっと「犬夜叉はかごめちゃんだけを見ていなくてはイヤ」と思っている人も、「犬夜叉を呪ったり、殺意を抱いたり、原作を罵倒するようなことは書かないで欲しい」と思っている人も、両方とも傷つけてしまったと思います。それでも私は、この文章を書きました。同じ作品のファンでありながら、互いに批判し合っているのは悲しいことだと思ったからです(笑ってしまってごめんなさい。ここで謝罪させて下さい)。
自分のサイトに何を書いても自由。この考えは今も変わりません。けれど、これは自分のことに当てはめるのではなく、相手のことに当てはめたいと思うのです。「私のサイトなんだから、何を書くのも私の自由だ」と考えるのは、間違っているとは言いませんが、驕り高ぶった態度だと思うし、好きな考え方ではありません。おっしゃる通り、自分の言葉が誰かを傷つけないか考慮すべきだし、誰かを傷つける可能性があるならそれを自覚すべきだと思います。けれど、誰かがその人自身のサイトに、どうにも納得できないようなことを書いたとしても、「そんなことを書いてはイケマセン。直ちに削除しなさい」という権利はない、と思うのです。無視する、近寄らないようにする、それ間違ってるんじゃないですか?私はこうだと思うのですけど?と言ってみる。または「こんなこと言ってる人がいるけど、どう思う?」と人に聞いてみる。あるいは「こんなこと言ってる人がいるけど、私はそうじゃなくてこうだと思う」と自分のサイトに書いてみる。そういうふうなことでいいのではないかと私は思うのです。

余計なことながら、商業誌の漫画家さんがみんな批判に慣れているというわけではないらしいです。私も、慣れておられるだろうなと思っていましたが、某元アシスタントさん曰く「読者の意見は一切読まない」とか(読者の意見にストーリーが影響を受けるのが困るとか)、「批判されるとへこんで描けなくなるので、ファンレターを人にあらかじめ選別してもらっている」漫画家さんもおられるらしいです。高橋先生は、どうなのでしょうね…?
【2006/08/25 20:09】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]

他人の文章の引用について
上に書いたように、誰かが自分の納得がいかない意見を書いていたら、自分のサイトでそれを引用し、反論したり、誰かの意見を聞いてみるのもいいのではないかと思っています。
このことに対しては、「他人の批判などするべきではない」、あるいは「人の書いたものを引用するなら事前に許可を得るべき」という意見があるかと思います。
「他人の反論などすべきでない」というのは、それはその通りかもしれません。自分と考え方が違うな、理解できないなと思ったら、そっと立ち去るべきという意見もあるでしょう。けれど、今私は何人かの人から「私はこう思うんだけど?」というコメントを頂いて、とてもうれしく思っています。だって、一人で喋ってるだけじゃ、自分は正しいと思っていても本当に正しいのか間違ってるのかさっぱりわからないのですもの。そこはそうだ、それは違うよと言ってもらえると、なんだかわかってくるような気がするのです。きっと、誰かを批判してはいけないとおっしゃる人は、その人自身が誰も批判したくないし、誰からも批判されたくないのだと思います。それはそれでいいと思います。でもそれをすべての人に当てはめることはできないと思う。そんな人は「個人的な意見なので、苦情や批判は受け付けません」などの注意書きを入れておけば、違う意見の人は立ち去ってくれると思います。それでも苦情を言ってくる人はいわゆる荒らしというものなのかしら。そういうのは無視するしかないのでしょうね。でも、そもそもネットで何らかの意見を発表する以上、見た人が何らかの感想を抱くのは当然のことだし、それをどこかに発表されることは覚悟しなくてはならないことだと思います。ネット上で文章を公開する人の責任だと思うのです。
また、「他人の書いたものを引用して反論する場合は許可を得なくては」とおっしゃるのも、気持ちはわかります。けれど実際問題、ツッコミどころ満載なブログを書いたとして、それを目にするのは、理屈上日本語のわかる人間でインターネット環境を持っている人のすべてである可能性もないわけではない。web翻訳使ったらもっと増えるな。あくまで理屈上は、ですよ。そのうちの仮に数十人、数百人、数千人の人から「あなたの文章を引用したいので許可して下さい」とメールなんか来たとして、いいですよとか困りますとかお返事できますか? 許可を得ようとする人は確かにメール一通書けばいいのだから簡単なことに思えますが、実際問題不可能だと思います。確かに、商売で文章を書く場合は許可を得なければ、著作権上の問題が発生するかと思います。今回の文章も、もし商業誌のエッセイなどとして書くのなら、事前に許可を得なければなりません。けれど、報酬の発生しないブログで、いろいろな人の意見に感銘を受けた場合など、他の人に紹介するのもOKだと思うし、その中で一部、ここは納得いかなくて私はこう思います、などということを書いたりしてもいいのではないかな、と思います。
個人的には、いきなり相手に「あなたの書いたことは違うと思う。私の意見を聞いて」などとメッセージを送るのは、押しつけがましいのではないかと思うのです。相手はあなたの意見を読んで考えたりしたいと思っているとは限らないし、もしかしたらそんな時間はないかもしれない。だから、「あなたの意見について、私のブログに書かせて頂きました。よかったら見に来て下さい」などの事後承諾でもあればいいのではないかしら。ただし相手が見に来てくれなくても、相手にその義務はないと思います。また、感銘を受けた意見を紹介する場合は、誰の意見に感銘を受けたのかを書いてもいいと思いますが、誰かの意見に反論する場合は、誰の意見に反論しているのかわからないようにする配慮は必要かもしれません。そして、本当にわけのわからない人がおかしなことを書いていて、そりゃないだろうと思ったら、相手に無断で自分のブログに書くのも…いいんじゃないかと思うのですが。お近づきになりたくないけれど反論はしたいというのも、アリかな、と思ったりして。

皆様のご意見、苦情、批判など、まだまだお待ちしています。
【2006/08/25 20:57】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]

承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
【2006/08/26 03:57】 | # [ 編集]


Hさん、いろいろお話して下さってありがとうございました。興味深く読ませて頂きました…と言ったらお気を悪くされるでしょうか。友人、知人にもいろいろな関係がありますよね。こういう変わった人もいるのだなあ、などと興味深く観察できればそれもいいかもしれませんが、不本意な関係を我慢して続けていくこともないかとも思いますし…。つくづく他人を理解することって難しいのだろうと思います。簡単に理解することはできなくても、理解しようとすることに意味があるのかもしれません。などとエラソーなこと言ってますが、私は早とちりや勘違いが大得意で、空気を読めない人間扱いされていたりします(笑)。お話し下さったことで、少しでも傷が癒えると良いのですが。
そうですね。プロの漫画家なら読者からのまじめな意見には目を通すべきなのかもしれません。ただ、漫画家をへこませる目的で作品を罵倒したり、嫌なことがあった腹いせに嫌がらせの手紙を送ったり、思い通りの展開にならないことに苦情を言ったりすることもあるでしょうし。たとえば、戦いを通して成長していく様子がテーマの物語を恋愛まみれにしろとか(笑)。プロであればなおさら、つまらないことで自分をへこませないよう、元気で楽しく作品を書き続けていく気力を保つために、できることはするべきだと考える人がいたら、それはそれでいいかと思います。まじめなお便りだけ選んでもらって目を通すとか。某漫画家さんはコミックスの余白に(連載時に広告のあったとことか?)「ファンレターは全部目を通してます」と書かれていたし、いろいろな先生がいるのでしょうね。高橋先生がどうなのか、気になります。

引用権って、あるんですか。へー、あんまり聞きませんね。
そういえば、昔卒業論文書いたとき、既存の評論書からこれでもかと引用しまくって原稿用紙を埋めた記憶が蘇ってきました。あのときは著書名と著者名、出版社、本の何ページからの引用なのかを明記しなければならなかったような…(自信なし)。なるほど、あれは引用権を行使していたのですね。概念は知っていても、引用権って名前は知りませんでした(恥)。勉強になります。ありがとうございました。
となると、人様のブログを引用して、何だかんだと感想を書く場合、ブログのアドレスなどをむしろ貼り付けるべきなのかしら。それはなんだか嫌がられそうな気がします。プライバシーを侵害しないためには、どなたの発言を引用しているのかは明かさない方がいいような気がするのですが。基本は、発言者さんに迷惑がかかるかどうかを見極めることかなと思いますが。個人的には、こちらに頂いたメッセージさえ表示することをためらっていますので、一応伏せた方がトラブルを回避できるような気がします。名前を出してくれていいのに出してくれなかったという苦情が来たら、それから名前を出せばいいけれど、名前を出さないで欲しかったという苦情が来ても、出しちゃった場合はもう手遅れですものね。

ご意見のある方、法律に明るい方からの助言など、首を長くしてお待ちしております。
【2006/08/27 02:28】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]

コメント受付終了させて頂きます~。
犬かごファンの桔梗ショックも癒えたであろう今日この頃(まだショック?ご愁傷様です…)、一身上の都合によりコメントを頂いてもお返事できるかどうかわからなくなりました。なので、そろそろこのお話はおしまいにしたいと思います。たくさんのコメントを頂きまして、ありがとうございました。うれしかったです~。
まだまだご意見、ご苦情、ご罵倒(いらない…)などありましたら、メールフォームからお送り頂けましたらできる限りお返事させて頂きますが、遅くなるかもしれません。
ではでは、ありがとうございました。こちらも書きたいことを書いてすっきりさせて頂きました。

ぶっちゃけ、パソのしすぎで家族にひどく怒られたのよ。悪い人と知り合いになったりしないようにブログ禁止令が出たのよ(これはウソ)。私は子供じゃありませーん。
【2006/09/07 16:40】 URL | 管理人 #hdFd9ZyI [ 編集]


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