元・犬夜叉備忘録
感想書き、終了しました。ご愛読(?)ありがとうございました!
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絶望
瘴気のまっただ中に防毒面なしで突っ込んでいった珊瑚、りんが殺生丸に珊瑚を追うよう命令(ですよねえ)しますが、奈落が身体組織の壁を作って阻止します。って、それで諦めるんですか、兄上。
やっと本物の奈落の元にたどり着いた珊瑚、へろへろの弥勒の姿を確認しました。弥勒が無事でうれしかったのか、へろへろなので心配したのかわかりませんが、ここで奈落を仕留めれば弥勒は助かります。珊瑚は渾身の飛来骨を放ちました。
飛来骨は瘴気を砕きながら奈落に向かっていき、結界を切り裂き、奈落本体も切り裂きます。そして、溢れるほどの瘴気にまみれて珊瑚の元に戻ってきました。それをいつもの通りしっかりとキャッチした途端、珊瑚は限界以上の瘴気をどっと浴びてしまったようです。すぐさまかごめが浄化の矢を放ちますが、遅かった。雲母もひとたまりもなく小さくなり、珊瑚も気を失って落下。奈落が犬一行の足場を崩し、弥勒は珊瑚を追うように落下し、それを犬かごが追おうとしますが、奈落が阻止します。最期のときくらい二人きりにさせてやれ、と。なかなか粋な計らいですね。
意識を取り戻した珊瑚の前に、弥勒がやっと戻ってきました。悲壮な決意の元に珊瑚を突き放してから、やっと会えました。たとえ互いに身体はへろへろでも美しい愛の姿です。背景が奈落のうにょうにょと細長く気色悪い身体組織でも、恋人たちの姿は美しい。弥勒の右手からまた風穴の不気味な音が漏れてきました。弥勒を救おうとがんばった珊瑚でしたが、失敗を知りました。一人にしてすまなかったと謝る弥勒に、私も連れて行って、と珊瑚が呟きます。無念そうな、それでもどこか幸せを感じているに違いない弥勒。珊瑚を救えないのは断腸の思いでしょうが、吸われるじゃないか寄るんじゃないよと蹴飛ばされることを思えば、一緒に連れて行ってと言われるほうがどれだけ幸せなことか。しかし、そう思うのは無責任に眺めてる読者の立場だからかもしれません。本人たちは絶望のどん底にあるらしい。二人のその悲しみと絶望が四魂の玉に負の力を与えてしまいました。
結界の中でかごめに砕かれた身体を再生していた奈落は、飛来骨を食らってさらに粉砕されたのですが、ミロサンの悲しみと絶望をエネルギーにしてあっというまに身体を再生してしまいました。今までスッパでしたが、衣装も再生されています。服を着るようどこからか教育的な苦情でも来たのでしょうか。
下界で黒玉と化した奈落を見上げているのは刀刀斎。陰ながら犬夜叉にエールを送っています。殺生丸から譲り受けた冥道残月破をちゃんと自分のものにすれば勝てるぞ、と。

冥道残月破が最後の決め手となるのでしょうか。それが鉄砕牙の最終形態なのでしょうかねえ。奈落が冥界送りになるのは、まあお似合いな気もします。
それにしても、ミロサンの絶望が四魂の玉に負の力を与えているのは困りました。あの二人はどうすれば希望を持てるのでしょうか。弥勒を失うくらいなら、一緒に風穴に飲まれたいなんて、悲しくも激しい恋ですねえ。しかし、ちょっと待て。殺生丸との約束はどうした。
りんを殺そうとした罪滅ぼしに、殺生丸に切り裂かれてやると約束したのに、風穴に吸い込まれてはいけないと思います。そりゃまあ、兄に裂かれるくらいなら弥勒と一緒に風穴に吸い込まれたほうが幸せだろうし、痛くなさそうだし。しかしそれでは兄上の立場がありません。兄上としては、自分で殺すまでは珊瑚を死なせられない。ですよね、兄上。晴れて珊瑚を切り裂くためには、奈落を葬らなければならない。ですよね、兄上。
しかし、今の珊瑚は兄上との約束など忘れているんじゃないかと思えます。愛しい男のことの前では、他のことはすべてどうでもよくなってるような。賭けてもいいですが、今、珊瑚が奈落を倒そうとしているのは弥勒の風穴の呪いを解くためであって、退治屋の里の仲間の仇を討つためとかは二の次なんじゃないかと…思います。だからこんな無茶をするのでしょうね。そういえば珊瑚って、白霊山でもへろへろの弥勒から先に行けと言われて、置いていくくらいならここで一緒に死ぬと言ってました。あのときの珊瑚はかなり恥じらっていましたが、あのころを思えばミロサンの愛も育ちましたねー。ここで二人して風穴に飲まれれば美しい悲恋の一丁上がりですが、それよりは二人無事に生き抜いて結ばれ、子供を育てたり弥勒の浮気に悩んだり喧嘩したり、愛も恋も覚め果てたとため息をついたり、一緒に年をとってじいさんばあさんになって、のんびり茶をすすりながら、どうしてこんな人と一緒になったんだろうと知り合った頃を思い出し、白霊山で一緒に死ぬといったことや、奈落の体内で私も風穴の向こうに一緒に連れて行ってと願ったことなんか思い出し、ああそうだったんだ、あのとき助かったからあれからいろんなことがあったんだ、これでよかったんだ、幸せだったんだなあなどとほっこり笑顔がこぼれて互いに顔を見合わせ、気づくとほほえみ合っているような愛のほうが美しいのではないかなと思うのです。そして二人の側には、変わらぬ姿の雲母がいるといいなあ。がんばれ、ミロサン!
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